2011年7月1日(金) 15時0分 公開
菅直人首相は、自身の退陣条件の1つとして、「再生可能エネルギーに関する買取法案の成立」を挙げている。福島第一原子力発電所の事故後4カ月近くたったいまも収束のめどすら立たない現状をみれば、太陽光や風力などの「再生可能エネルギー(自然エネルギー)利用の推進」は、国民の合意を非常に得やすい状態だといってよいだろう。しかしこの法案は、自然エネルギーの推進に必要な資金を、国民が直接的に負担していくというものになっている。この法案がどんなものなのか、国民生活にどのような影響を及ぼすのかをまとめてみよう。
今回審議されている法案は、正確には「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」と呼ばれる。詳細については、経済産業省のページに資料が用意されている。
今回の法案の要点は次のとおり。
「再生可能エネルギー」とは、「自然現象に由来し、(適切に利用すれば)枯渇することなく、持続的に利用可能なエネルギー」のことで、具体的にいえば、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス(化石資源を除く、生物由来の再生可能な資源。家畜の糞尿や廃木材など)から作り出したエネルギーだ。簡単には「自然エネルギー」と呼んでも差し支えない。
自然エネルギーを利用して作った電気を、国が決めた固定価格で電力会社が買い取ることから、「全量買取制度」とか「固定価格買取制度」などと呼ばれる場合もある。
「固定買取」が、どうして自然エネルギー利用の推進につながるのだろうか? まずは固定買取制度ではないとどうなるのかを見てみよう。
自然エネルギーの特徴は、太陽光や風力に代表されるように、使えるエネルギーの量が自然現象まかせで変わってしまうこと、少なくとも現時点では、自然エネルギー利用には莫大なコストがかかることだ。個人ユーザーなら、「金銭的な損得はさておき、環境保護に貢献したい」という理由で投資する人もいるだろうが、企業は利益の追求が目的なので、投資に見合った採算の見込みが立たなければ手が出せない。設備投資には莫大な費用がかかり、作り出せる電気の量も未知数、それを売るときの価格も市況次第、十分な売り上げも期待できないとなれば、だれも事業を始めない。利用が進まなければ、設備のコストも下がらない。設備が高ければ、だれも参入しない……。という悪循環に陥ってしまう。
一方、固定買取制度になれば、事業者は事業の採算見通しを立てやすくなる。
固定価格買取制度になると、市況によらず一定価格、一定期間の買取を国が保証してくれるので事業者は安心だ。また買取価格をより高く設定してもらえれば、事業者はそれだけ設備投資の回収期間を短縮できる。そうして普及に弾みがつけば、コストダウン → さらなる普及の拡大という好循環を生み出せる。
このように自然エネルギーを利用する個人や事業者を支援して、自然エネルギー利用を拡大し、既存の化石エネルギーや原子力エネルギーへの依存を低減していこうというのが今回の特別措置法案の目的だ。
今回の特別措置法案には、「全量買取」という文字はどこにも出てこない。しかし自然エネルギーから作った電気はすべて電力事業者が買い上げるという内容なので、結果的に「全量買取」ということになる。ここで問題となるのは、これまでは余剰電力だけが買取対象だった(売電対象だった)住宅向け太陽光発電がどうなるのかとういことだ。現状の住宅用太陽光発電では、節電努力を促しやすい、電力系統にかかる負荷が小さい(余った電気だけが電力会社の電線に戻る)などの理由から、余剰電力だけを売電している。このため、売電量の計測に必要なメーターも、特別な理由がなければ、余剰電力計(売電メーター)だけが設置されている。
経済産業省におけるこれまでの議論では、非住宅向けの太陽光発電(事業者など)は全量買取、住宅向けは余剰買取を継続という方針だったが、今回の法案にはそのような区別は明記されていない。太陽光発電の買取価格、買取期間については、以下のような想定が表明されているにとどまっている。
今回の法案を見るかぎりでは、住宅向けの太陽光発電も全量買取に移行するように思える。しかしすでに太陽光発電を開始して、余剰電力の売電を開始しているユーザーがどうなるのか(開始から10年間は同一金額での買取が保証されている)、新規に設置するユーザーだけが全量買取になるのか、それともユーザーの選択で余剰と全量買取を選べるのかなどは不明である。
ただし仮に、既存のユーザーも全量買取に移行するとなると、余剰電力計とは別に、総発電電力計の追加工事が必要だ。太陽光発電システムを新規に設置する場合は、メーターの費用程度(数千円)が増えるだけで、工事代金はあまり変わらずに総発電電力計を設置できるだろう。しかし既設の住宅に改めてメーターの追加工事をするとなると、工事費用も含めて1軒あたり5万円程度はかかるとされている。この費用をだれが負担するのかも分からない。
今回の話とは別に、グリーン電力証書による収益のこともあるので、これから新規に太陽光発電システムを設置する場合には、余剰電力計だけでなく、念のため総発電電力計も併せて設置しておくほうがよいかもしれない。
最初に述べたとおり、再生可能エネルギーで作った電気は、固定価格で電力会社が買い取る。そのための費用は電力会社が負担したり、国が負担したりするのではなく、国民が負担することになっている。電力会社は、お金のやり取りを仲立ちするだけだ。つまり、買取条件を有利なものにすればするほど、再生可能エネルギー利用は促進されるが、それだけ国民の負担は大きくなるということである。
実は、住宅向け太陽光発電による余剰電力の買取については、すでにこの国民負担の制度が開始されている。お手元にある電気料金の検針票をよく見ると、「太陽光発電促進付加金」という項目があるはずだ。これは太陽光サーチャージとも呼ばれるもので、電気の使用量に応じて、電気料金に追加してこのように徴収されたお金が、太陽光発電による電気の買い取りに使われている。現在のしくみをまとめると次のようになる。
現在の制度では、太陽光発電促進付加金(太陽光サーチャージ)という名前からもわかるとおり、徴収されたお金は、太陽光発電で作られた電気の買い取りに限定して使われている。また対象は基本的に個人が所有する小規模な(10kW未満の)太陽光発電システムのみで、かつ余剰電力だけを買い取るしくみになっている(大規模な太陽光発電所などは対象外)。このように買取対象は制限的であり、経済産業省の試算では、標準的な世帯の太陽光サーチャージの負担は月額30~100円程度としている。
これに対し今回の特別措置法案では、以下のように買取対象が大幅に拡大されている。
今回の法案では、比較的小規模な住宅向け太陽光発電の余剰電力の買取という制限的な対象から、大規模な設備を含む非住宅向けの太陽光発電に加え、風力、水力、地熱、バイオマスを利用して発電したすべての電気と、買取対象を大幅に拡大する。前述のとおり詳細は不明だが、住宅向け太陽光発電についても、現在の余剰電力の買い取りではなく、発電した電気をすべて買取対象とする全量買取に移行する可能性もある。
具体的な買取の単価など、詳細については法案には明記されておらず、事後に決定するとされているので、国民によるサーチャージ負担がどの程度になるのは不明だ。ただし買取対象や、買取条件は大きく拡大されるので、どう見ても負担は増える方向だろう。
いま述べたとおり、今回の「再生可能エネルギーの買取に関する特別措置法案」は、自然エネルギー利用を大きく後押しできる可能性があるものの、一方で国民負担を大幅に増やす可能性がある。大変に悲惨な原発事故を目の当たりにした現在では、「危険な原子力発電を減らすためなら、多少の負担は仕方がない」と考える人もいるだろう。以前に経済産業省が太陽光サーチャージの負担について実施したアンケートでは、「月額1000円程度なら支払ってもよい」とする人も少なからずいたようだ。
しかし問題は、サーチャージを負担するのは個人ばかりでなく、企業などの事業者も負担しなければならないことだ。業種にもよるが、金属精錬業や鉄道など、大量の電気を使わなければ仕事にならない業種もある。そこまで極端でなくても、工場を稼働する製造業などでは、毎月かなりの電気を使うはずだ。現在でも世界的には電気料金が割高な日本なのに、これ以上実質的な電気料金負担が増えると、製造業が国際競争に生き残れなくなり、廃業や海外への生産拠点移転などが起こり、国内経済の下振れ要因になったり、国内雇用が失われたりする危険がある。「個人ならがまんできる」といっても、それは仕事があって一定の収入があればこそだろう。残念なのは、こうした国民負担の実際について十分な説明がないまま、「脱原発」「自然エネルギー利用」という聞こえのいい部分ばかりが強調されて、立法化が急がれていることだ。菅政権の説明不足はいまに始まったことではないが、こういうマイナスの部分についても、国民一人一人がしっかりと考えなければならないだろう。
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